桐生タイムス_20120112 | 桐生祇園祭のみこし渡御 “女人禁制”開放へ

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桐生祇園祭のみこし渡御 “女人禁制”開放へ

2010-8-4

 桐生八木節まつり期間中の8月7日に行われる桐生祇園祭の本祭り・みこし渡御(とぎょ)。女人禁制とされる同行列に、樹徳高校2年の土屋日路子さん(17)=前橋市=が参加することになった。「大の祭り好き」という土屋さんの願いに、祇園祭関係者が応える形で実現。土屋さんは「全力でまつりを盛り上げたい」と抱負を語る。
 1656年が起源とされる同祇園祭は、惣(そう)六町と称する本町一〜六丁目に横山町を加えた7町会の伝統行事。天王番と呼ばれる当番町は惣六町の持ち回りで、今年は本町一丁目町会が務める。
 同町会は例年、樹徳高校の武道系男性部員に渡御行列への参加協力を要請。今年は弓道部から男性部員14人が参加するが、土屋さんは女性でただ一人「自分も参加したい」と立候補した。
 その意欲にほだされる形で、同町会の吉岡藤吉町会長が関係者との調整に尽力。各町とも慢性的な人手不足だけに、女性の初参加に異議はなく、今回から女人禁制を開放することになった。
 「幼いころから祭りが大好きで、伝統行事にかかわってみたかった」と参加動機を語る土屋さん。「女人禁制ということも知らず、好奇心だけで手を挙げたけど、今になって責任の重大さが分かってきた。桐生祇園祭は初めてですが、全力で祭りを盛り上げていきたい」と熱っぽく語る。
 みこしの担ぎ手では負担が重過ぎるため、白装束に烏帽子(えぼし)姿でさい銭箱を担ぐ方向で調整中。渡御行列は8月7日の正午前に同市本町一丁目の御旅所(おたびしょ、みこし安置所)に集合し、正午に式典開始、午後1時に渡御出発となる。
 「桐生祇園祭事記」(玉上常雄編)によると、大正6年(1917年)の渡御行列では、先頭に芸者の手古舞を並べた当番町に対し、女人禁制などを理由に別の町が猛抗議、渡御を中止する騒動に発展したとの記録が残っている。