桐生タイムス | 岩手・紫波町彦部区から“年貢”持参し来桐

きょうの夕刊

岩手・紫波町彦部区から“年貢”持参し来桐

2010-3-2

 中世豪族の屋敷構えを残す桐生市広沢町六丁目の彦部家に1日、岩手県紫波郡紫波町彦部区から42人が来訪した。彦部家祖先が源頼朝の奥州征伐に参陣、その功によって1243年に拝領したのが同地で、以来彦部姓を名乗っている。彦部区の人たちにとっては旧領主の血脈を継ぐのが桐生の彦部家であり、2001年から3年に1度の交流が続いている。彦部篤夫当主(60)や同家後援会鳳純会員が出迎え、国指定重要文化財の屋敷内を案内した。
 米や地酒などの「年貢」を持参して旧領主の子孫を訪ねたのは、彦部公民館(八重嶋勲館長)が主催する「彦部の歴史を深める会」の一行。広沢彦部家17代の篤夫さんによると、戦時中の昭和18年(1943年)、祖父の保蔵さんが当時の彦部村長に手紙を出したことがきっかけとなってルーツが明らかになり、今世紀に入ってから本格的に行き来が始まった。当地には「彦部館(機織館)」や墓所も残っていて、今年は碑の建立が計画されているという。
 一行はまず広沢町五丁目の福厳寺にある彦部家墓所に参拝し、屋敷へ。長屋門から庭園、八幡宮、倉、主屋などを見学。仏壇の前でも般若心経が唱えられた。
 そして表座敷と奥座敷をつないで「彦部流」の茶の接待が行われた。お点前は篤夫さんの母静枝さん(83)。季節にふさわしく、後小松天皇の宸筆(しんぴつ)という「瑞雪」の漢詩が掲げられ、同家の梅を使ったようかんや家紋をかたどった菓子が出されて、一服を味わっていた。
 隠居所である「冬住み」には代々のひな人形が飾られている。江戸時代末期の京風の古今雛(こきんびな)をはじめ、豪華な七段飾り、市松人形などがずらりと並び、出迎えてくれる。4月4日まで展示中。問い合わせは同家(電52・6596)へ。