桐生タイムス | 生糸輸出の偉人・新井領一郎 ゴルフ界にも影響?

きょうの夕刊

生糸輸出の偉人・新井領一郎 ゴルフ界にも影響?

2009-12-10

 1876年(明治9年)にアメリカに渡り、生糸の直輸出に成功した桐生市黒保根町出身の貿易商、新井領一郎(1855〜1939年)を紹介する企画展が桐生市相生町二丁目の桐生明治館で開かれている。国際ビジネスマンの先駆けとなる領一郎の功績を紹介する展示の中になぜか古い木製のゴルフクラブが並ぶ。領一郎は経済だけでなく、日本のゴルフ界にも影響を与えたというのだが。
 企画者の丸橋利光さん=伊勢崎市=は桐生信用金庫の元職員。高校時代にタイプ部に所属していた丸橋さんは約4年前、骨董(こっとう)店で出合ったアンティークのタイプライターにひかれ、購入。これをきっかけにコレクションをはじめ、明治館で2回、タイプライター展を開いた。
 タイプライターについて調べるうち、その背景にある歴史が面白くなってしまったという丸橋さん。今回、横浜開港150年に合わせ、黒保根の歴史研究家の川池光男さん=みどり市大間々町=の協力を仰ぎ、新井領一郎展を開いた。
 開港当時、粗悪品というレッテルを張られた日本製の生糸。水沼製糸所を創業した兄の星野長太郎の命を受け、販路開拓に渡米した領一郎は、誠実な対応で米国生糸業界の実力者の信頼を獲得。有力な人脈を基盤に大きな成功を収めた。
 その領一郎がニューヨークで出合ったゴルフ。在米日本人を誘ってラウンドを楽しむ中には、日本にゴルフを伝え、初のゴルフ場を建設した浜口内閣蔵相、井上準之助がいた。展示されたクラブは領一郎のものではないが、日本のゴルフ黎明(れいめい)期をほうふつとさせる。川池さんは「準之助はゴルフ場の完成を前に暗殺され、プレーすることはできなかった。一方で、領一郎は80歳で来日した際、井上のゴルフ場でプレーしたんですよ」とゴルフにまつわる逸話を教えてくれた。
 展示は20日まで(午前9時〜午後5時、月曜休館)。会場では多彩なタイプライターも展示。入館料は大人150円、小・中学生50円。問い合わせは同館(電0277・52・3445)へ。