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日本初の女性医化学者・戸田邦仁(桐生出身)、母校で特別展
2012-1-12
桐生出身の女性パイオニアにまた、光が当てられる。戸田邦仁(とだ・くに、1890〜1946年)、日本初の女性医化学者で、母校の東京女子医科大学吉岡彌生記念室(東京都新宿区)で13日から、「卒業生として初の本学教授に就任した医化学者・戸田邦仁展」と題して特別展示が行われる。生家に保管されていた未公開資料を中心に、生い立ちからベルリン、ウィーン留学をふくむ学究の生涯をたどる内容だ。同大史料室では「3年前の小川正子に次ぐ卒業生の足跡2で、戸田先生の足跡を広く紹介したい」とし、来場を呼びかけている。
戸田邦仁は明治23年、桐生市本町三丁目で小間物店を営む戸田芳三郎、タマの長女として生まれ、北尋常小学校、高等小学校を卒業、さらに高崎の県立高等女学校に進む。物理や化学が得意で、卒業後はしばらく家業を手伝っていたが学問への志は断ちがたく、両親を説得して上京、44年に東京女医学校に、そして翌年開校した東京女子医学専門学校に入学。東京女子医大の前身であり、邦仁は基礎医学を研究。女医の黎明期にあって内務省の検定試験に合格したものの、開業医の道は選ばなかった。
大正14年に助教授に、昭和4年から2年間にわたって海外留学、いずれも母校出身者第1号である。帰国後は教授として後進の指導にもあたり、同9年に慶応大学から医学博士号を授与された。その研究は一貫してリン脂質に関するもので、ウィーン留学の成果である微細な測定方法を生かした斬新な研究だったという。東京大空襲で精神的にも物質的にも大きな打撃を受け、昭和21年、故郷の桐生で病没。西久方町の妙音寺に眠る。
1993年には墓所に彰徳碑が建立された。東京女子医大の三神美和名誉教授が撰文、教え子である疋田静江医師ら同窓会「至誠会」会員も参加して五十回忌法要と除幕式が行われている。
母校での特別展には「おきれいで威厳があった」という邦仁の写真をパネルにし、卒業証書や学位記、留学のため日本郵船照国丸に乗船した旅行かばん、夕食メニュー、ベルリン到着を「Tsuita」と知らせる父あての電報、ウィーンでの万国女医会報告を掲載した日本女医会機関誌、吉岡校長還暦記念で揮毫した扁額「仁者壽」などを展示して、明治から昭和の先駆者をしのぶ。
3月23日まで、午前9時半〜午後4時半(土曜日は正午まで、第3土曜日と日曜日は閉室)。入場無料。問い合わせは同大史料室(電03・3353・8111、内線22213)へ。

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