桐生タイムス | デスマスク

ぞうき林

デスマスク

2010-3-8

 没後55年、坂口安吾のデスマスクが桐生に戻った。写真家で現在は新潟市の「安吾 風の館」館長でもある長男の綱男さんが自ら運んでくれたのだ。もういなくなってしまった人の顔がこうした形で残されていることの不思議。ブロンズの、冷たいであろう感触と茶褐色の色合いが、非現実的のようでいて死者であることを語るようで、対面して思わず手を合わせる人が何人もいたことも共感できるのだった▼綱男さんは幼いころ、檀一雄や尾崎志郎ら「えらい作家というより単なる酔っ払い」たちに「お前の父親はすごい人物だった。壮絶な戦死を遂げたのだ」と言われて、ほんとうに戦死したと思っていたそうだ。四十九日に第1回、以来東京で毎年開かれている安吾忌に欠かさず出て、聞かされた父親像だという。実は脳卒中、桐生の妻子のもとに戻り、畳の上で急逝している▼写真が発達しコンピューターで3次元映像もつくれるいま、死面から直接とるデスマスクの需要はあるのだろうか。日本人では夏目漱石、森鷗外、小林多喜二、林芙美子、その他は寡聞にして…、漱石にいたっては脳みそと胃まで保存されているらしいけれど▼パソコン・メール世代の作家たちには直筆原稿も存在しないし、直接の手触り肌の感覚はどんどん失われていく。7日夜、父の「顔」を収めたバッグを抱えて桐生駅のホームを上がる綱男さんが、振り返って手をふった。写真に撮っておきたかった、いい姿だった。(流)