ぞうき林
蛙の飛び込み
2010-1-8
ゆく年くる年に思いを馳せると、自然に浮かんでくる言の葉が「不易流行」である。風狂の俳諧師松尾芭蕉が言い出した言葉であり、四文字に込められた意味の深甚さはさすがと感嘆する▼いまだ、実にゆっくりと、嵐山光三郎さんの著書『悪党芭蕉』をひもといている。文庫の手軽さなので持ち歩き、湯舟につかったりしつつも味わう。超有名な「古池や蛙飛びこむ水の音」の解釈でノックアウトされたまま起き上がれなかった身としては、読み進まなくてもいい本の一冊、気の向くときに開く本なのである。だって、蛙飛び込む水の音をご存じ?▼嵐山さん自身、この句の碑がある清澄庭園で日がな一日、耳をそばだてていたという。しかし「ポチャン」だか「ドブン」だか、カエルは水に飛び込むことはなかった。この句は写生ではなく芭蕉の幻聴あるいはフィクション、その魔術は多くの人びとに浸透して、カエルが池に飛び込む図を描き水の音を聞いてしまっている。日本人の頭の中にこそ、カエルが飛び込んだのだ。見破ったのは芥川龍之介、そして我らが坂口安吾くらいか▼いま気にかかっているのは「かさなるや雪のある山只の山」。これは「流行」をよくした凡兆の句。加賀の人で京に出て医を業とし、自宅を芭蕉の定宿に供して『猿蓑』もここで編まれた。蕉門には類を呼んでか妖しい人物が多いが、凡兆は獄中句も詠んでいる。遠くの雪山の前景に見るただの山とは、どんな山かと考えている。(流)

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