ぞうき林
カストリ時代
2009-12-18
それは戦後間もない1946年の12月4日、銀座のバー「ルパン」でのこと。月に20もの雑誌の仕事をこなす売れっ子写真家林忠彦が、いつも通りに現れた。「カストリ」全盛時代。酒粕にアルコールを混ぜて造った粗悪な焼酎で、3合でつぶれてしまう。紙質の悪い雑誌も3号まで。しかしそこには、復興に立ち向かう人びとのたくましい生活力が感じられる▼その夜の一発限りのフラッシュが、不朽の名作を生んだ。「8時間撮り、8時間飲み、8時間寝る」と豪語していた林忠彦は、雑誌編集者との打ち合わせ場所に、このバーを使っていた。カストリを飲み煙草をふかし、血を吐きながら書いていた織田作之助がいた。「撮っておかなければ」と思わせる文士だった。何枚も撮るうち、ベロベロに酔っ払った男が「おい、俺も撮れよ」とわめき出した。それが太宰治だった▼生誕100年の今年よく目にした太宰の肖像は、高い脚の椅子を二つ並べた上に兵隊靴であぐらをかき、三つ揃いの上着を脱いでネクタイをゆるめシャツを腕まくりして、遠くを見るように上機嫌だ。狭い店内で距離をとるため、写真家はトイレの戸を開け便器にまたがって撮ったという。そして太宰の隣にいたのが坂口安吾、その大きな存在を、影が暗示する▼一期一会を焼き付けた魂の写真家林忠彦は、病と闘いつつ遺作「東海道」を撮影。1990年12月18日、72歳で永眠した。新宿歴史博物館での特別展は、あすまでだ。(流)

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